列柱通りを右に入った所にある博物館に展示されていた「アレクサンダーのコイン」、特徴的なその横顔に思いがけない場所で友人に出会ったという気がしました。いつもなら見過ごすコインに目がいったのは、旅行前に図書館で読んだ本によるのです。
シリア中部、パルミラの滅亡に関して作者は「女王ゼノビアが、自分の肖像を刻印したコインを鋳造したことが時のローマ皇帝の怒りをかった」と説きます。刻印された肖像と、そのコインの流布の範囲が権力者の力の程度を表わすなら、「アレクサンダーのコイン」を通してヘレニズムの広がりを追ってみるのも面白そうです。 |
大王はヘラクレス神の化身とされていたので その肖像はライオンの毛皮をまとった形でかたどられている |
コインの誕生はBC7世紀、西アナトリアのリディア王国。それがギリシアにもたらされ、側面から(貨幣経済の浸透という形で)ポリス社会の解体を促がしていきます。ポリス国家とペルシアという大国の狭間で、辺境の地だったマケドニアが力を貯えたのは、そんな背景の中なのですから、「たかがコイン、されどコイン」です。
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アルテミス神殿 |
フォーラムから大通りを北上すると、アルテミスの神殿前に出ます。それにしましても、どうして遺跡の物売りさん達は要所か日陰、腰掛けるのに丁度良い場所など、人が行きたがる場所に陣取っているのでしょう。ああいった人たちは苦手なので、姿を見ると無意識に迂回してしまい、肝心な場所を見落としたりすることがあるので困ります。 |