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 かつての玄宗皇帝の宮殿、興慶宮が公園となっていて、その一角に「阿倍仲麻呂歌碑」があると知り、清龍寺からタクシーを飛ばしました。大きな池を中心に広がる園内は広大なため、まずは案内図で歌碑の位置をチェック。南門を入って右に少し歩いた場所に立つ、その場所へと直行しました。

天の原 ふりさけ見れば 春日なる

三笠の山に 出(いで)し月かも
阿倍仲麻呂歌碑
阿倍仲麻呂歌碑
 717年、20歳で遣唐使として中国に渡って勉学に励み、後に唐王朝に官僚として仕えて中々帰国が許されなかった仲麻呂。752年にやっと願いが叶い、鑑真等と共に故国日本に出発する時に詠ったのが、この望郷の詩。

 ところが、鑑真は無事(と言っても何度も渡航に失敗して、最後には盲しいてしまったのは周知の事実ですが)日本に辿り着いたものの仲麻呂は難破。彼が故国の土を踏むことはありませんでした。


  この記念碑の裏側には、仲麻呂の友人でもあった李白が、仲麻呂の遭難を聞いて詠った七言絶句が刻まれていました。仲麻呂の歌碑を見て、ここにきた目的は達しました。気力が余り残っていなかったので、「橋がかかっていたらそこを渡って帰ろう」と場所確認のため近くの塔に登りました。
かつての玄宗皇帝の宮殿、興慶宮
かつての玄宗皇帝の宮殿、興慶宮
 そしたらまあ、この広い池のどこにも橋がないではありませんか。つまりショートカットはできない、ということです。山登りで、「頂上!」と思って行ってみたら前山で、まだその先があった時のように、ドッと疲れが出てしまいました。
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